最新号6.2号より、FROM THE EDITORをご紹介

今号のオリジナルコンテンツは、「終わりなき夏のビーチハウス、“surfers(以下サーファーズ)”」のストーリーだ。サーファーズは、2013年の夏まで逗子海岸で夏季限定で海の家として営業していたが、2014年より現在の場所で通年営業、”終わりなき夏のビーチハウス“となった(冬季の雨の日などは営業していないが)。逗子海岸の海の家のときも、また新しいサーファーズもサーファーたちの手で建てられ、サーファーたちによってランニングされている。この”終わりなき夏のビーチハウス”は国道134号線を鎌倉方面に向かって逗子海岸を通りすぎ、上り坂のカーブの途中の海側にある。もともと更さらち地だったこの場所は以前には黄色の移動販売のバスが停まり、ハンバーガーを売っていた。 

このサーファーズのオープンデッキからは湘南で有数のリーフブレーク・ポイントを一望することができ、波がなくても眺望の開けた海を眺めるだけでも居心地の良い場所といえる。古代ハワイ社会でもサーファーズのような場所があった。それがヘイアウで、いわゆるハワイの神々を祭る寺院のような場所だった。たとえば、ワイメアベイを見渡せる“プウ・オ・マフカ・ヘイアウ”は、北寄りのビッグスウェルが水平線のかなたから押しよせる様さまを眺められる場所として、カメラマンなどのシューティングポイントとして知られている。 

ビショップ博物館のジョン・F・ストークスの研究によると、サーファーのためのヘイアウというのもあったそうで、ハワイ島コナ海岸のカハルウ湾の高台にはクエマヌと呼ばれるヘイアウがそれにあたるという。ここには観覧席のようなテラスが設けられており、ここからサーフポイントが一望にできた。また、海から上がったサーファーたちが潮気を洗い流すために使ったプールがついている、いわばサーファーたちのたまり場だったらしい。海から上がったサーファーたちは、波乗り談義に花を咲かせるわけだが、サーフィンを終えたあと、彼らはルアウというハワイ独特のパーティを楽しんだ。ルアウには、鳥の血で煮た手羽や、タロだけで育てられたポイドッグの蒸し焼き、そしてアヴァと呼ばれるお酒の一種が供された。サーフィンでエネルギーを消耗した彼らは、こうしたルアウなどで体力を回復させ、明日の英気を養ったという。また、波のない日がつづくと、サーファーたちは波ごいをし、神に波が来るように祈願した神殿だったという。

サーファーズもまた、波乗りの後にくつろぐ場所としてはベストな場所なのだろう。さて、このサーファーズを取り仕切るのが成瀬一郎だが、仲間うちでは彼のテキ屋体質が噂されている。成瀬はイベント好き、お祭り好きとあって、自らも金沢八景のシーパラダイスでライブを開催したり、横浜赤レンガで毎年開催されているグリーンルームやインタースタイルでは移動販売車で駆けつけ飲食を提供するなど、サーファー絡みのイベント・お祭りにはかならずそこにいるような男なのだ。そこで、この場を借りて、自ら“アゲインスト・ガバメント”を標ひょうぼう榜する成瀬のテキ屋体質をすこし紹介したい。花井祐介によると、ザ・ロード&ザ・スカイ時代のこと、常連客のT.I沢(プライバシー保護のためにイニシャル表記)は、お店に来る可愛い女の子にはきまってワインをおごっていたのだが、オーダーが入ると成瀬はお店でもっとも高いワインをあけていたという。また、だれが注文したのかわからなくなったオーダーの請求や、ほかの客からとりはぐれた代金はT.I沢のゴールドカードにつけていたという。とはいえ、お客のほうも同じ穴のムジナ状態。成瀬がトイレに入っている隙に、花井のいるカウンターに空のビールジョッキーがどっと並ぶのだという。サーファーによるサーファーのためのお店では、年がら年中そんなお祭り騒ぎがつづいているのだ。でも、お互い、信頼関係があるから、そんなエピソードが生まれているのだろう。つぎなる伝説を楽しみに、サーファーズ、乾杯!
̶森下茂男

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