9月10日発売:サーファーズジャーナル27.3(日本版7.3号)内容ご紹介

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<フィーチャーストーリー>
今号の日本版のオリジナルコンテンツは、茅ヶ崎でフリュードパワー・サーフショップを経営する藤澤譲二の知られざる素顔をお届けしよう。藤澤がサーフィンと出合うのは、彼が15歳のとき、1965年ハワイに住みはじめてからだ。そして、ハワイではじまったショートボード革命を間近で体験した数少ない日本人サーファーのひとりとなった。



Hawaii Set Me on the Road to the “Straight And Narrow”
「ふたつの故郷を持つ藤澤譲二の、ふたつの素顔」

15歳の少年がひとり、ハワイへ旅立った。
不登校で不良少年だった息子の行く末を案じた母親の決断だった。
それが、サーフィンとの運命の出合いとなった。
それから53年後、ハワイの海と潮風がその少年を本物の海の男へと磨き上げた。
文:森下茂男
東京オリンピックの翌年、1965年、藤澤譲二15歳のとき、ひとり、ハワイへ旅立った。理由は、藤澤が中学校を卒業できず、また遊び仲間の先輩やハーフの遊び人たちに可愛がられ、ヤクザのお兄さんから“うちの組に入らないか”とリクルートされるほど、本物のワルの世界に足を踏み入れようとする息子に母親が危険を察知したからだった。

つづいてのストーリーは、IPSからはじまり、ASP、WSLへと組織改革をおこない、ウェーブプールなどの新しい形態のプロサーフィンのコンテストを模索し、そしてコンテストの放送権利など新たな資金獲得をめざすプロフェッショナル・サーフィンの現状と問題点、将来の展望を舌鋒鋭くブラッド・メレキアンがきる。


Mixed Results
「混沌としたリザルト」

PSからWSLまでプロフェッショナル・サーフィンが歩いてきた染みだらけの足跡。
文:ブラッド・メレキアン
イラスト:ニシャント・チョクシ
リアルなサーフィンのファンにとってのプロ・サーフィンの最大の魅力は、サーフィンそのものなのだ。水の壁を滑る数秒間のあの魔法。これからのプロフェッショナル・サーフィンが、あの魔法の魅力を生みだせるかどうかはまだわからない。なんせ現在までの40年間、IPS、ASP、そしてWSLは、不完全な結果しか残せなかったのだから…。


THE CORAL CROWN OF INDIA
「珊瑚礁の王冠」
南インド、ラキシャドウィープ諸島の旅。
文:ベン・ウェイランド
写真:クリス・バーカード

南インドの港町コチのラッシュアワーはカオスだ。数千のリキシャ・ドライバー、乗客でごった返すバス、オートバイにまたがる人々が蒸し暑い幹線道路になだれ込んでくる。それだけでなく道路には噴火口のような穴や道を渡る牛が待ち受けていて、彼らの行く手を阻み、渋滞に拍車をかける。悲鳴をあげるブレーキ、オーバーヒートしたバスは蒸気を吹き上げ、ありとあらゆる警笛音がこの大通りに鳴り響いていた。


HOUSE OF SAND & MUD
「砂と泥の家」
カリフォルニア最古の住宅と、そこに根づくサーフカルチャー。
文:キンボール・テイラー 写真:アート・ブルーワー

1846年までにこの邸宅は、ランチョ・ボカ・デ・ラ・プラヤ(ビーチへの入り口)という補助金を得て6,607エーカー(東京ドーム約572個分)の土地を取得した。ヴァン・スウェー直系の祖先、ホアン“エル・リコ”アビラが、初代の土地取得者ドン・エミッグディオ・ヴェジャールから1860年に購入したものだ。このアドーベ(レンガ住宅)は、世代を経てヴァン・スウェーの祖母、セシリア・ヨルバに受け継がれた。今日、この家ではヴァン・スウェーがふたりの娘を育てている。「ここはファミリーハウスなのよ」彼の母ジェニファーが言った。「いつの時代もファミリーハウスでありつづけてきたの」


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1846年までにこの邸宅は、ランチョ・ボカ・デ・ラ・プラヤ(ビーチへの入り口)という補助金を得て6,607エーカー(東京ドーム約572個分)の土地を取得した。ヴァン・スウェー直系の祖先、ホアン“エル・リコ”アビラが、初代の土地取得者ドン・エミッグディオ・ヴェジャールから1860年に購入したものだ。このアドーベ(レンガ住宅)は、世代を経てヴァン・スウェーの祖母、セシリア・ヨルバに受け継がれた。今日、この家ではヴァン・スウェーがふたりの娘を育てている。「ここはファミリーハウスなのよ」彼の母ジェニファーが言った。「いつの時代もファミリーハウスでありつづけてきたの」


The Confirmation of Danny Kwock
「ダニー・クオックの堅信礼」
一介のローカルサーファーから業界のビッグネームへと、華々しい転身を遂げた男が迎えたアンチクライマックス。
文:ジョー・ドネリー

ダニー・クオックは髪の毛が長い。それこそヒッピーのような長髪だ。『ザ・エイティーズ・アット・エコービーチ』を読んだ者、あるいは1980年代のニューポートビーチに居合わせた年長者なら、それを意外と感じるかもしれない。クオックをはじめ、プレストン・マレー、ジェフ・パーカー、ピーター・シュロフとその仲間たちは、遊び心が欠如していた当時のサーフカルチャーを根底からひっくり返し、そこにパンクロックの様式を持ち込んだ張本人たちだからだ。


Portfolio: ELLI THOR MAGNUSSON
ポートフォリオ:エリー・ソー・マグナッセン
「ノルディック・サガ 〜 北欧物語」
アイスランド人フォトグラファーと巡る、スノーストーム、活火山、そして北極サーフ・ハンティング。
文:エリン・スペンス

私がエリー・ソー・マグナッセンに出会ったのは、いまから約5年前。彼のホームタウン、アイスランドのレイキャビクでのこと。取材で訪れた私たちにとって、彼は当初、謎の男だった。彼はサーファーだ。それはすばらしい。アイスランドでは、稀少な存在だから。語り口はのんびりしているが、アイスランド人のライターも手配できるし、神話などにも詳しく、国の道路整備政策は、火山地帯の墳丘に住むといわれるノーム(地の精)と妖精を考慮して計画されたなんて豆知識を教えてくれた。