L I N E R N O T E S

TSJは、多くのベテラン有識者たちからの力強い応援の恩恵に浴している。世界中に散らばる彼らは、それぞれ活躍するステージや仕事の場から、ぼくらの雑誌を支える良心的存在として、つねにさまざまな助言を提供してくれる。編集の方向性が少し外れれば、意見を寄せてくるし、ときにはよくやったと、お褒めの言葉を授かることもある。たまに本誌にふさわしくない記事が掲載されると、ここぞとばかりに怒りの火を燃やし、激しい意見を寄せてくる人もいる。とはいえ多くの人々は、ぼくらとほどよい距離を保ちながら、意見交換しあうという関係を継続してくれている。みんな「サーフィン純粋主義者たちの感性」を持っているのだ。 そんな彼らやぼくらの感性は、いつまでも伝統的サーフシーンだけにとどまらない。たとえば今号に登場する、オアフ島のカントリーサイドから登場したジョン・ジョン・フローレンスの記事を読んで、かつて映像と写真の世界を通して、主役の座をひとり占めしたスターグロムとして登場したことなんか忘れてほしい。ノースショアのジャングルで、のびのび育った魅力的なシングルマザーの息子という経歴も忘れてくれ。ここでは、彼のサーフィンをもっと深く掘り下げ、彼のスタイルそのものにフォーカスしようと考えた。「ピュア・サーフィン」というと、多くの人々の頭の中にイメージする原型は、たとえば、観客は意識せず、体裁を取りつくろったりは絶対しない。ゴールよりもプロセスを重んじる純粋さ。そんなサーファーのあり方、姿だろうか。技術的なことをいえば、ターンは伸ばしすぎず、力を絞りだすときも大げさに威いかく嚇したりしない。狂ったようにダウン・ザ・ラインを攻めるときも、まるで、手長猿がボールに空気を入れているようなパンピングとは無縁。基本的には、少なくともつねにクールにサーフする男。それこそがピュア・サーファー。そんなサーファーこそが、ジョン・ジョン・フローレンスだ。 

tsjj_6-4_この若者を称える言葉、実績は、枚挙にいとまがない。たとえば、エディに勝ってしまうビッグウェーブ・サーファーとしての実力。ブラジリアンたちまで最敬礼する、振り幅たっぷりなテクニカルエアー。破壊的なバックサイドのバレルチョップ。そして、そのすべてがつねに静かな上半身から生み出される。いつも軽く開いたスタイリッシュな手の動きと、全体的に緩やかで荘厳なアクション。フローレンスには、どこか学問を追究する学者のような存在感が漂っているようにも感じる。そしてそれは言葉ではなく、サーフィンそのもので表現され、彼のサーフィンとそれを捉えた写真を通して、ぼくらに語りかけてくる固有の存在感。サーフィンと写真という表現双方が、このピュアな若者のスタイルと世界を守り、際立たせている。そして彼のサーフィンの美しさは、彼だけに与えられた固有で稀有な美しさ。筆者のチャズ・スミスの、いつものハイパーな表現主義モードは、羨望のまなざしで、賞賛の歌を贈りつづける。 

フローレンスの相談役C.R・ステイシックⅢ世の記事中では、フローレンスの撮影機材への興味とフィルムメーカーとしての非凡さ、真しんし摯さについても触れられている。きみがフローレンスをとことん感じたいならば、今号掲載の写真を見るだけでもじゅうぶんにその境地に達することができると、ぼくは確信している。 本誌が、ひとりのサーファーを取り上げここまで煮詰めて紹介したは、おそらく初めて! あまりぼくの記憶にない、それほど力の入った特集になってしまった。だから、しっかりエンジョイしてほしい。ぼくらはこれからも、こんな記事を読者にぶつけつづけるよ。みんな。よろしくね。        
スコット・ヒューレット__