6.3号より-US版エディタースコット・ヒューレットのライナーノーツ

TSJJ_61-3オアフのサウスショアをやたら毛嫌いする人たちがいる。彼らは、環境汚染、混雑、パーキング問題、SUP艦隊、雰囲気の悪さ、犯罪といった要素を挙げ、ここを卑ひげ下する。この手の輩は、アウターアイランドや、まったく異なる太平洋の島々を、自らに適した場所としている。そんな比較はそもそも意味ないじゃん。タウンにだってリサーチに値するネタはたくさんある。高層ビルの狭間から垣間見える緑の山の意外性。いざうねりが入れば、酸素と塩の飛しぶき沫が、カラカウア通りにあたかもシャンパンの泡のように漂う。その泡がほんの目と鼻の先にすばらしいリーフが存在することを思いださせてくれる。ストリートでは、高級ブティックと闊かっぽ歩する娼婦たちが痛烈な陰影を織りなす。永遠にハッスルしているビーチボーイたち、サイミンの出だし汁の香りがいつも漂い、道端にはそこらじゅうにファストフードの空袋が捨てられているし、銃刀法に守られたアジアの観光客たち向けの射撃場が、いたるところに立ち並ぶ。ぼくも家族とともに、ちょっとしたサウスショアでの歴史を築いてきたが、ぼく程度のストリートへの造詣から培った知識はかなり古いし、ブッシュが大統領だった頃以来、あそこでは波に乗っていない。

TSJJ_6-3友人のデボンが、友達のフォトグラファー、ケオキのリンクを送ってくれるまで、まったく問題はなかった。同時にジェフ・ディバインが、ヘフというフォトグラファーの写真の束を持っていると叫んだ。タウンでは最近すごく波が良かったそうだ。問題は文章だった。それも、ジャーナルのブレーンのひとりで、UCバークリー大学の教授でここが地元のトーマス・ファーバーが、最近の著作から提供してくれることになった。それは予想通りとても良かったんだけど、部分的に手直しを必要としていた。ぼくは、最近元気な雑誌『ワット・ユース』の創設メンバーだったスチュアート・コルヌールのことを思いだした。彼はホノルル育ちで、プナホウを卒業している。彼に連絡したが、彼は最近スタンフォード大学院に合格し、今はライターの仕事はやっていないのだと言った。それでも諦めずにプッシュしたら、彼は友人で20代の建築家、趣味でライターもやっているというデビッド・ウォングの名前を挙げた。本誌マネージング・エディターのアレックス・ウィルソンは、フルタイムの文献オタクであり作文博士でもある。彼は、ミスター・ウォングに、記事を書くプロセスについて手取り足取り教えてあげた。アレックスの救いの手に、デビッドはしぜんになじんで、この記事をものにした。

アシスタント・フォトエディターのショーン・パーキンは、ちょうどシアトルに結婚式かなにかの用事があった。時間を有効に活かして、そこに滞在するあいだ、あそこの海岸線についてなにか書けるテーマはないかとぼくに訊ねてきた。ぼくは、渡りに船といったかんじで、ゴードン・ヘンプトンの記事をパーキンに書かせてみようと思った。ゴードンは、シアトルのオリンピック半島を根城にするボディーサーファーで、寒冷地のサンドバーをひとりで楽しみながら森林深く入り込み、野生のサウンドを採取する音響生態学者だ。もっと明快にいうと野生の静寂を録音する技術者?パーキンは、潜在的に与えられた課題を処理する能力に優れた男なので、これは彼にぴったりな仕事だと思った。ふたりともあっという間に息があって仲良くなったらしい。すばらしい主人公とプロファイル・ライターコンビの誕生だ。パーキンが一生懸命頑張った結果、さまざまな要素を編み上げ、その経験に培われた仕上げ技術で、美しい最終型にまとめ上げ、すばらしい記事になった。

さて、今回もありがとう。たっぷり楽しんでほしい。
スコット・ヒューレット