最新号23.6号(日本版4.6号)の目次紹介!

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Generation Slab
「スラブ・ジェネレーション」

巨大波に魅せられたラッセル・ビャークの日々。
文:ジェド・スミス
ビッグウエーバーでありシェーパーでもある父親カーク・ビャークに連れられて、寒さ厳しいオーストラリア南部奥深くのスラブ(巨大波)に挑戦したのは弱冠12歳のとき。以来、ラッセル・ビャークはこの国でもっとも恐れられているリーフ波を果敢にアタックしつづけている。これがノーマルな16歳の少年の行動といえようか?

Portfolio | Bob Weeks
「ポートファリオ、ボブ・ウィークス」

発掘された黎明期(れいめいき)のオーストラリアサーフィンの記録。
文:アンドリュー・クロケット
オーストラリアのサーフィン文化を語るうえで、ゴールデンエラとされた時代が存在した。その時期は、ファイバーグラス製のロングボードが登場した1960年代初期から‘70年代のショーボードの時代まで。レトロな車がビーチに並び、そばかすだらけの若者たちが自由奔放(ほんぽう)なスタイルで波と戯(たわむ)れる、そんな時代だ。この世代は行動的で、新しいポイントブレークを探し求めていた。そんなオーストラリアサーフィン黎明期のを記録したのが、ボブ・ウィークスだ。彼はカメラとともに旅をし、サーファーたちのすばらしい時代をフィルムに焼きつけたが、当時の雑誌に売ることはしなかった。その結果、50年という時(とき)を経て作品は熟成され、1961年から1966年までのオーストラリアの東海岸を語るにじゅうぶんな作品となった。

Forty Percent More Fun
「楽しさ40%増」

フィルムメーカー、グレッグ・マクギリバリーとの団欒(だんらん)。
文:テッド・レッカス
ラグナビーチのビーチフロントの家に住むフィルムメーカー、グレッグ・マクギリバリーは、マクギリバリー・フリーマン・フィルム(MFF)の創業者。そのMFFの代表作といえば、サーフィン映画の金字塔ともいえる『ファイブ・サマー・ストーリーズ』だ。その彼が、今はなき相棒のジム・フリーマンの思い出やIMAX映画の名作、有人飛行の歴史を辿った『トゥ・フライ』などを語った。

From East To West
「東部から西部へ」

マイク・タベリングの邪悪なまわり道。
文 : ポール・ホルムズ
アメリカ、イーストコーストを代表するサーファーのマイク・タベリングは、若いころ麻薬の売買に手をそめていたことを白状する。それは、まだプロサーフィンツアーの運営も円滑(えんかつ)ではなく、スポンサーの数もじゅうぶんではなかったあの‘70年代、遊牧民(ノマド)サーファーたちのなかにはあえて禁制品の密輸行為に手を染め、旅費を捻出する者たちがいたことは、ある種、公然の秘密だった。そして彼もまた…。

Vah Beach
「バー・ビーチ」

大西洋のうねりが押し寄せるイーストコースト、バー・ビーチ。
文:スチュワート・フィアビー
100年以上にもわたってバージニアビーチで波を追い求め、それに乗り、大西洋のもたらすエネルギーを1mmたりとも逃さないというスタンスでライフスタイルを築きあげてきたイーストコーストのローカルたちのストーリー。


You Crazy Diamonds
「クレイジー・ダイアモンド」

『エコーズ』、ピンク・フロイドとジョージ・グリノーの夢の共演。
文:ブライアン・チャイルドスター
「アートこそが人生をつくりあげる」。19世紀末の英国系アメリカ人作家、ヘンリー・ジェイムズが、作家仲間のハーバート・ジョージ・ウェルズに宛てた手紙に、そんな一節があった。それから70年後。若きフィルムメーカー、ジョージ・グリノーが捉えた海の映像は、時を越えてその言葉を体現してみせた。そう、サーファーだけに可能な方法で。1972年に発表された彼の実験的なショートフィルムは『エコーズ』と名づけられた。サーフシネマの金字塔であるこの作品は、チューブの深い部分から捉えられた幻想的な映像とあの伝説のサイケデリックバンド、ピンク・フロイドが音楽を提供した唯一のサーフドキュメンタリーとして、今も語り継がれている。

Coastal Erosion
「サーファーという絶滅危惧種」

生物学者から見る、海岸侵食という環境破壊と生態系への影響
文:森下茂男、監修:清野聡子
現在、日本の海岸は砂の減少により、年間1.6平方km(160ha=東京ディズニーランド3個分)も失われており、このままいくと地球温暖化もあわせると50年後には日本にある海岸の80%が海岸侵食によって失われるという。この海岸侵食という環境破壊と生態系への影響について、生物学者の九州大学大学院准教授、清野聡子先生が解説する。

Path of the Jimmicane
「ジミーケンの道」

その高い技術、その最高なアクションへのフォーカス、その大きな人柄…、
写真家ジム・ウィルソンの世界。
文:テイラー・ポール
写真家ジム・ウィルソンが写真家を志すきっかけとなったのは14歳のころ。サーフビデオの映像をコマ送りしていちばんの静止画像を探しだしたという。彼は自分で選んだいちばんの静止画のような写真を撮ることをいつも想い描いていた。有名サーファーの最高の一瞬を捉えた写真が雑誌に掲載されるのだ。そんな彼の夢がかなうのに時間はかからなかった…。