最新号:From the Editor(編集後記) 天国と地獄

インド洋マダガスカル島にほど近いフランス領レユニオン島。たびかさなるシャーク・アタック事件により現在はサーフィン禁止となっているこの島も、かつては年に一度ASP(現・WSL)の大会が開催されるほどのサーフアイランドとして知られた島でした。なによりすばらしいのはサン・ルーというスポット。小さな湾にかたちづくられたリーフに沿って、ラップしながら規則正しく割れる長いレフトの波がインサイドでダブルアップする様子は、まさに天国のような光景でした。

1995年。そのサン・ルーで開催されたASPイベントの取材に赴おもむいた僕らは、連日、日の出前から日没まで会場に張りついて、世界のトップ・プロたちのパフォーマンスを撮影していました。当然撮影しているあいだは自分たちが海に入ることはできない。垂涎ものの波も指をくわえて眺めているしかないわけです。そんな僕らについに波に乗るチャンスが訪れます。スケジュールが早めに消化されたある日のサン・ルー。日没までのわずかな時間、一般のサーファーにその極上の波が開放されたのです。もちろん僕もあわてて海に飛び込みました。1本目は小手調べ。その波に十分な手ごたえを感じた僕は、2本目はさらに奥から乗ろうと沖に向かいます。するとそんな僕の目に、押し寄せるセットの影が映ったわけです。くらえばひとたまりもない。

必死のパドルでかろうじてセットの1本目を乗りこえる。しかし次の波はさらに大きかった。全力のパドルもおよばず、今度は乗りこえる寸前でドカーン。そこからつづけざまの3発。ひとたまりもなくいっきに水深20cmほどのリーフの浅瀬まで持っていかれました。フィンが折れてしまってはたまらないと思った僕はボードを抱えようと、その浅瀬の岩の上になんの躊躇もなく立ち上がってしまいます。次の瞬間! 両足に激痛。その痛さにたじろいで思わず尻もちをつく。今度はトランクス一枚のお尻を激痛が襲う。「そうだった!岸近くの岩にはウニがいるんだった!」と、そんなこと今さら思いだしても時すでに遅し。僕はこともあろうに、岩盤全体を覆おおうように、真っ黒に群生しているウニの棲家に立ち上がってしまったのです。

なんとか岸にたどりついた僕は痛みで顔面蒼白(だったらしい)。スタッフに抱えられて芝生の上にうつぶせに寝かされる僕。周りを囲む彼らに、おそるおそる「どんな感じ?」と尋ねます。「どんなって、もう足の裏もお尻も真っ黒だよ。救急車呼んだほうがイイよ」と困惑するスタッフたち。すると、そこになんとあの御大ハービー・フレッチャーがやってきました。みんなの肩越しに僕の足裏をのぞき込んだハービーは、ニヤッと笑うと、こううそぶきました。
「こりゃあカルマだな。因果応報。お前たちはいつも寿司でウニを食うからな。その借りを返されたのさ」
それからの2週間。もちろん海に入ることもできない、座ることも立っていることもできない僕は、つねに横になりながら撮影をつづけるという苦行を強いられることになったのでした。

サーフトリップはつねに災いと隣りあわせ。この世の天国と思えるほどの旅も一瞬にして地獄に様変わりする、なんてことはよくあることだし、これを読んでそんな経験を思いだす読者も、かなりいるのではないでしょうか。今号のカーク・オワースによる「BACK FROM HELL 地獄からの生還」は、まさにその地獄を味わった者たちのエピソード集。ギャングに襲われたり、津波に流されたり、船から夜の海に落ちてしまったり・・・・・・ 災いの数々を身につまされる思いで読んでいたら、僕もかつてのレユニオン島へのトリップで一瞬にして地獄に突きおとされた経験を思いだしてしまった、というわけです。冒頭、長々と失礼いたしました。

今回はこのほかにも、トーレン・マーティンとニック・コルビーが、西オーストラリアでのハイキング・トリップを語った「BOOT LEATHER サーフトリップ・バイ・ハイキング」。フォトグラファー、ジョン・レスポンディングがクレイグ・アンダーソン、チッパ・ウィルソン、デーン・レイノルズ、タジ・バロウなど世界屈指のフリースタイラーたちとスコアし「THE GREENER GRASSES OF INDONESIA インドネシアのすばらしい波をめぐる冒険」。そして、クリスチャン・ビーミッシュがツインフィンを携えてメキシコの奥地に旅する「TWIN-FIN MISCELLANEA ツィンフィン雑記録」など、それぞれ個性的なサーフトリップにまつわる印象的なアーティクルが集まりました。

そして今回の日本版オリジナルコンテンツは、鎌倉の江本 陸(リク)による「THE SHAPER ナチュラルボーン・シェーパー 富永忠男」です。リクにとっては幼なじみの富永。通称トンちゃんと呼ばれるこのナチュラルボーン・シェーパーは、ハワイでオーダーしたはじめての本物のサーフボードに出会ったことから、その削り主であるディック・ブルーワーを敬愛し、師事しながら、深淵なるサーフボード・シェーピングの世界で、文字通り孤軍奮闘してきた存在です。そんなトンちゃんの個人史をリクが綴った今回のアーティクルは、稲村という湘南の、いや日本のサーフィン史にとって特別な意味を持つ場所で、ふたりがともに過ごした当時の空気さえ漂ってくる…… そんな、なんだか温かいアーティクルになりました。ぜひお楽しみください。

そのほかにも、水中から活写するトッド・グレーサーの視点をベン・ウォルドロンが解析した「SUBMARINER サブマリナー」。フィル・ジャレットが’60年代コンテスト・シーンをふりかえる「WHEN WORLDS COLLIDED ふたつの世界が衝突した日」など、今号もGoingDeeper!な話題満載でお届けします。 ― 井澤聡朗